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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
反対に、半田屋の主は数年前に中風で仆れる、家産は傾いて、昔は店の雇人だった彦兵衛から高利を借りて、やっとここ一両年を支えて来たというような始末。
(むかしはうちの店で働いていた男だから――)
後家のおすげは、どこかにそこを頼みとしている所があった。だが、期限が来ると、彦兵衛は、仮借しなかった。約束どおり、抵当にとった家屋を明け渡してもらおうと云う。
貧乏はしても、大店ふうに、家族は多かった。後家は六十に近い年であったが、江戸でも草分の老舗を、自分の代でつぶしては、先祖へも申しわけがないと思うのだった。――で、奉行所の白洲に坐ってからというものは、幾度もここへ出て、
(今後は、自分が先に立って、家族の生活も質素に改め、息子や雇人たちをも自身で督励して、きっと両三年の間には、借財も返すようにしてみせるから、どうか、彦兵衛どのに、慈悲と思うて、又むかしの誼みを思うて、家屋の追立だけは、暫くゆるしてもらいたい)
哀願しては、奉行の前で、泣くばかりであった。
(不愍だ、何としても)
と、甲斐守は、この公事を、和解させようとした。最初は、与力吟味にまかせておいたのであるが、どうしても、彦兵衛が頑として、公事を下げないというので、ここ二回ほど、甲斐守自身が、彼をよび出しては、説得を試みて来たのであった。