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なべしまかいのかみ

鍋島甲斐守

吉川 英治

「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页

青空文庫

『そちの書かせた証文、そちの意志で何とでもなる』

『そこが、少々、世間と手前とちがうのでございます。手前は、証文に使われている雇人で、証文を自由にする主人ではございません。それ故に、人様へ金を貸せる身分になれたのでございます』

『そちの旧主が、あのように嘆いているのを哀れとは思わぬか』

『御尤でございます。――けれど世の中に、金を借りる人間ほど勝手なものはございません。借る時は手前を神か阿弥陀様のように拝みます。さあ今度は、返すという段になると、人を鬼呼ばわりしたり、居留守をつかったり、罵詈讒謗いたしたり、あげくに、払いもせず、脅すという人間もございます。百人へ貸して、九十九人までがそれなんで、哀れをかけてやる気になどなりません』

『然し、此度の場合は、旧主ではないか。かりにも、其方の奉公した店が、其方の一存で潰れるか立つかの境、見殺しにしては、寝ざめがよくあるまいが』

『…………』

又、御尤ですと云うかと思うと、彦兵衛は俯向いたまま黙っていた。

たたみかけて、

『一体、あの家を抵当に取って、そちはすぐ転売する気か、他へ売るにしても、半年や一年は空けておかねばなるまい。