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いんじゅう

陰獣

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页

青空文庫

「あなたは、よく知らないだろうが、春泥の生活と云うものが、実に変なんだ。彼奴は、なぜ訪問者に逢わなかったか、なぜあんなにも度々転居したり、旅行をしたり、病気になったりして、訪問者を避けようとしたか、おしまいには、向島須崎町の家を、無駄な費用をかけて、なぜ借りっぱなしにして置いたか、いくら人厭いの小説家にもしろ、あんまり変じゃないか。人殺しでもやる準備行為でなかったとしたら、あんまり変じゃないか」

私は静子の隣りにベッドに腰をおろして話していたのだが、彼女は、やっぱり春泥の仕業であったかと思うと、俄かに怖くなった様子で、ぴったりと私の方へ身体をすり寄せて、私の左の手首を、むず痒く握りしめるのであった。

「考えて見ると、私はまるで彼奴の傀儡にされた様なものだね。彼奴の予め拵えて置いた偽証を、そのまま、彼奴の推理を御手本にして、おさらいさせられたも同然なんだよ。アハハハ……」私は自から嘲る様に笑った。「あいつは恐ろしい奴ですよ。僕の物の考え方をちゃんと呑込んでいて、その通りに証拠を拵え上げたんだからね。普通の探偵やなんかでは駄目なんだ。僕の様な、推理好みの小説家でなくては、こんな廻りくどい突飛な想像が出来るものではないのだから。