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ゆきのうえのしも

雪の上の霜

山本 周五郎

「面白倶楽部」光文社、1952(昭和27)年3月~4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,586 字 · 50 页

青空文庫

「お忘れですか」伊兵衛は笑ってみせた、「――いつか貴方の荷物を持たせて貰ったでしょう、吉田宿から峠の茶屋まで」

男は「ギ」という声を出した。「ジ」かもわからない、ともかくそんなふうな声を出し、片手で両掛と笠を掴んだ。

「おわかりになったでしょう」伊兵衛はあいそよく云った、「――あのときの私です、面白かったですねえあれは、あの茶屋で頂いた駄賃が石ころに化けたときは」

男は颯と消えた。両掛と笠を掴んで、横っとびに外へとびだしたのだが、あまりに敏速なので、消え失せたように見えた。

「あっ、もしもし」伊兵衛もあとから追って出た、「もしもし、どうしたんですか」

見ると、男はもう五六丁も先を走っていた。すばらしい速力で、うしろに埃の帯を曳きながら、たちまち小さく、ぐんぐん遠く……。

「どうしたんだろう」伊兵衛は後頭部を掻きながら、不審に耐えぬもののように、口のなかで呟いた、「――おかしな人があればあるものだ」

おたよが出て来て告げた。

「あなた、お支度ができてまいりました」