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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

まだ小さいとき、それは茂緒が四つか五つぐらいの時だったろうか。茂緒は房次とふたりでお寺の道を歩いていた。房次は栄重の包みをもっていた。初穂の麦を寺へもってゆく途中だった。雨あがりの道はぬかるんでいて、茂緒は下駄をとられ、鼻緒がきれたはずみにぬかるみの中にころんだ。どういうわけか、よくころぶくせのある茂緒を、姉たちはこんな日、けっして連れにはしないのだが、気のやさしい房次はだまって連れていった。あんのじょう、ころんでわあわあ泣きさけぶ茂緒を、かかえおこすと、房次はいって聞かせた。

「兄やんいそいで、お寺へ行ってくるさかい、ここでまっとれ。」

すると茂緒はいっそう泣きわめき、

「いやア、茂もお寺で、お菓子もらうんじゃあ。」

一つはそれが目あてである茂緒にとって、それは一大事であった。こんなとき姉たちならばとっととほってゆくところなのに、房次は困りながらも、「こい。」と背中をむけた。泥まみれの茂緒を、かまわずおぶったのだ。しかも片手に栄重である。房次の首にぶらさがって、茂緒もらくではなかったが、お寺の高い石段を上ってゆく房次の苦労も相当だったにちがいない。