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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
そんなことを重ねてから多枝と別れ、世田谷へ帰ると、もうだいぶ夜はふけていた。ひっそりと寝しずまった町に寒さも凍てついたようで、下駄の音が高くひびいた。扶佐子は茂緒によりそって、その手をにぎりながら、
「ね、多枝さん、今夜はIさんとこへ帰らないのよ。」
「へえ。どうして。」
「察しが悪いのね、あんた。」
そして、せまい横丁に、ぼうっと湯気を立てている支那そばやを見つけると、
「あ、そばそば、ちょうだいな。ああ小父さんなの。じゃ、たのむわ。すまないけど、ふたりで一人前の腹しかないのよ。五銭ずついれてね。」
五銭ずつでぬくまって帰りながら、そばやのところから見えなくなったころ、扶佐子はふりかえり、
「そばやの小父さん妙な顔してたでしょ。知らないんだもの。でも、こんな手もあるのよ。ふたりでそばが食いたいけど、十銭しかないとき、いいじゃないの。」
彼女は、げらげら笑った。
修造はまだ帰っていなかった。この勢いで家へ帰るという扶佐子に、
「わたしんとこへお泊りじゃないんですか。」
「そんな気の利かんこと、わたしはしないわよ。」
そして走って帰っていった。茂緒は、まず火でも作ろうかと思い、古新聞をひねっているところへ修造が帰ってきた。