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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

越してゆくときも何が気に入らなかったのか、夫婦は笑顔もせずに別れをつげ、引っこし先の所番地も知らせてこなかった。なぜだろうと考えるとき、しいて理由を求めるならば、彼が所属したその文学団体が、修造たちと思想的立場を異にしているというくらいなものだが、しかし、そんなものだろうかと、どちらにも関係のない茂緒は考えて、修造のために不満だった。その修造だとて、自分の思想的立場への疑問でなやんでいるのを、茂緒は感じていたからだ。

「ね、越しましょうか。年のうちに。」

「そうだね。Hの家の近所にも、借家、たくさんあるよ。しかし、年内はむりだな。講演会でもすんでからにしようよ。」

春早々修造たちのグループはM新聞の講堂をかりて、文芸講演会の計画をしていた。茂緒は、それもそうだと思ったのだが、家へかえると修造は、声をひそめて、

「やっぱり越そうや、早く。となりがお巡りなんて、あんまりいい気もちじゃないよ。」

修造もやっぱり、寂しいのだなと、茂緒は思った。四度目に移った家は、大通りを一町ほど入った田圃の中の一軒家だった。というよりもそこを止まりとして、茂緒たちの家の裏からずうっと田圃がひろがっている田舎だった。