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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

もちろん気ちがいざたではなく、そういう演出だったのだ。詩の朗読に新しい型を作りだしたのだと、修造たちはいい気になっているらしく、文芸雑誌のゴシップなどでも取りあげられていた。そんな話を聞くと、やっぱり若い茂緒は分からぬなりにその文芸講演会なるものを見たかった。何かそこでは、腹にたまっているものをぶちまける、魂の行動がありそうな気がした。扶佐子にあえるのも、うれしかった。

しかしその夜の講演会は大した叫びもなく、おとなしくすんだ。ただ扶佐子の詩の朗読だけはやんやの拍手だった。そのとき女給をしていた彼女は、その勤めている喫茶店から、まっすぐここへ来ましたというように、髪を桃割れにゆい、赤い前かけをしていた。それだけでもう拍手は鳴りやまなかった。彼女はうぶな田舎娘のような仕種で長い袂を八つ口に挾み、また拍手をうけた。茂緒はそれを、何か芝居でもみるような気もちで眺めていた。ふっと、ある疑問のような思いが心をかすめたが、しいて扶佐子らしいことだと考えた。会が終ると、仲間たちはぞろぞろと銀座へ出た。もう時間もおそく、乏しいふところで入れる店はなかった。二人さり、五人さり、方向の同じHと茂緒たちだけになっても、扶佐子ははなれなかった。