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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
いいようのない口惜しさだった。と同時に、修造の一人歩きに不安を感じ、そのあと、どこへゆくにも駅までおくって出た。帰りも時間をはかって迎えに出た。そんなある日、ふたりはまた、Mに出あった。その日はひとりだった。彼は目をそらし、こそこそと横丁へそれた。
「なんでしょう。ひとりだと顔も見れないのね。」
「そうだよ。やつらは。」
「Mさんも、なぐったの。」
すると、修造は思いだして、たかぶったらしく、
「おう、MとUが先頭だったよ。」
「そうお。でも、あの連中、ほんとにもう相手にならないことだわね。」
「そうだよ。――おれも、ずいぶんまわり道したもんだ。」
その日修造は、家に帰ると、今はもう意味を失った「解放文芸社」の表札を片手でむしるようにしてはがした。
転身の彼が、新しい熱意と、より高い希望で、滓のような思い出の多かった代田町一三八番地のその家を越したのは、もうギブスもとれ、痛みもすっかり去った夏のはじめだった。新しい表札は「左翼芸術社」であった。合法的な団体結社として届けてあるので、警察は、国民に知らせてならぬ事件の記事差しとめを、左翼芸術社へも通告してきた。