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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

その通告によって、事件の内容はわからぬまま、その年の三月十五日に、日本の新しい思想に圧迫がくわえられ、たくさんの人たちが獄につながれていることなども逆に知らされもした。

「何か、大へんなことがあったらしいよ。」

「左翼芸術社」に集まった若い「芸術家」たちは、手さぐりでそれを知ろうとして目をかがやかした。大学生もいた。絵かきもいた。会社員や新聞記者もいた。彼らは気負いたって、何かをつかもうとしていた。その若い息吹きの中で、修造もひどく景気がよかった。

茂緒はまた茂緒で、扶佐子の活躍に目をみはっていた。扶佐子の小説「放浪日記」はその年の婦人雑誌に連載され、花が咲いたような好評だった。そして彼女も多枝も、新しい結婚の相手を見つけ、仕合わせらしい噂だった。

「扶佐子さんの小鼻が、どんなにふくらんでるでしょうね。」

修造に話しかけてみたが、彼はそれどころでなく、ろくに、うけ答えもせずに、外出の支度だった。

「おれ、九時までに××に会わんならん。」

すると茂緒もすぐその気になる。

「いって、らっしゃい。」

外は季節の風が砂けむりをまきあげていた。

(昭和二十九年十一月)