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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
その時遺言状が作成されて、僕は、自分自身に関する部分だけを父から読み聴かされたのです」と云いかけたが、旗太郎は急に落着かない態度になって、「ですけれど法水さん、僕には、その部分をお聴かせする自由がないのですよ。口に出したら最後、それは持分の喪失を意味するのですからね。それに、他の四人も同様で、やはり自分自身に関する事実よりほかに知らないのです」
「いやけっして」と法水は、諭すような和やかな声音で、「だいたい日本の民法では、そういう点がすこぶる寛大なんですから」
「ところが駄目です」と旗太郎は蒼ざめた顔で、キッパリ云い切った。「何より、僕は父の眼が怖ろしくてならないのです。あのメフィストのような人物が、どうして後々にも、何かの形で陰険な制裁方法を残しとかずにはおくものですか。きっとグレーテさんが殺されたのだって、そういう点で、何か誤ちを冒したからに違いありません」
「では、酬いだと云われるのですか」と熊城は鋭く切り込んだ。
「そうです。ですから、僕が云えないという理由は、十分お解りになったでしょう。そればかりでなく、第一、財産がなければ、僕には生活というものがないのですからね」