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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
と平然と云い放って、旗太郎は立ち上った。そして、提琴奏者特有の細く光った指を、十本卓子の端に並べて、最後に彼はひどく激越な調子で云った。
「もうこれで、お訊ねになる事はないと思いますが、僕の方でも、これ以上お答えすることは不可能なのです。しかし、この事だけは、はっきり御記憶になって下さい。よく館の者は、テレーズ人形のことを悪霊だと申すようですが、僕には、父がそうではないかと思われるのです。いいえ、確かに父は、この館の中にまだ生きているはずです」
旗太郎は、遺言書の内容にはきわめて浅く触れたのみで、再度鎮子に続いて、黒死館人特有の病的心理を強調するのだった。そうして陳述を終ると、淋しそうに会釈してから、戸口の方へ歩んで行った。ところが、彼の行手に当って、異様なものが待ち構えていたのである。と云うのは、扉の際まで来ると、何故かその場で釘付けされたように立ち竦んでしまい、そこから先へは一歩も進めなくなってしまった。それは、単純な恐怖とも異なって、ひどく複雑な感情が動作の上に現われていた。左手を把手にかけたままで、片腕をダラリと垂らし、両眼を不気味に据えて前方を凝視しているのだった。