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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

ところが田郷さん、その婦人は、まだこの館の中に潜んでいるのですよ。ああいったい、それは誰なんでしょうかね」と再三真斎の自供を促しても、相手は依然として無言である。法水の声に挑むような熱情がこもってきた。

「それから僕の脳裡で、その一つの心像が、しだいに大きな逆説となって育っていったのですが、しかし、先刻貴方の口から、ようやくその真相が吐かれました。そして、僕の算定が終ったのです」

「何と云われる。儂の口からとは?」真斎は驚き呆れるよりも、瞬間変転した相手の口吻に、嘲弄されたような憤りを現わした。「それが、貴方にあるたった一つの障害なのじゃ。歪んだ空想のために、常軌を逸しとるのです。儂は虚妄の烽火には驚かんて」

「ハハハハ、虚妄の烽火ですか」法水はとたんに爆笑を上げたが、静かな洗煉された調子で云った。

「いや、打たれし牝鹿は泣きて行け、無情の牡鹿は戯るる――の方でしょうよ。しかし、先刻貴方は、僕が『ゴンザーゴ殺し』の中の汝真夜中の暗きに摘みし草の息液よ――と云うと、その次句の三たび魔女の呪詛に萎れ毒気に染みぬる――で答えましたっけね。その時どうして、三たび以後の韻律を失ってしまったのでしょう。