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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

しかも伸子は、その咽喉を抉った鎧通しを握って失神し、なお、奇蹟としか考えられない倍音が、経文歌の最後の一節において発せられている。それ以外に疑問の焦点とでも云いたいのは、はたして犯人が、易介を共犯者として殺害したか否かであって、勿論容易な推断を許さぬことは云うまでもないのである。結局、その曲折紛糾奇異を超絶した状況から推しても、しだいに、伸子の失神を犯人の曲芸的演技とする点に綜合されてゆくけれども、しかし、公平な論断を下すなれば、依然として紙谷伸子は、ただ一人の、そして、最も疑われてよい人物であることは勿論である。

十一、押鐘津多子が古代時計室に幽閉されていた事

これこそ、まさしく驚愕中の驚愕である。しかも、法水が死体として推測したものが、解し難い防温を施されて昏睡していた。勿論、彼女が何故に、自宅を離れて実家に起居していたか――という、その点を追及する必要は云うまでもないが、しかし、犯人が津多子を殺害しなかった点に、法水は危惧の念を抱いて陥穽を予期している。けれども、易介が神意審問会の最中隣室の張出縁で目撃した人影と云うのは、絶対に津多子ではない。