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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
「ようく判りました。何故なら、その哲学径の突き当りには、すでに僕が気づいている、一つの疑問があるからです」と法水は眉を上げ昂然と云い返した。「ねえ久我さん、聖ステファノ条約でさえも、猶太人の待遇には、その末節の一部を緩和したにすぎなかったのです。それなのに何故、迫害の最もはなはだしいカウカサスで、半村区以上の土地領有が許されていたのでしょう。つまり、問題と云うのは、その得体の知れない負数にあるのですよ。しかし、その区地主の娘であると云うこの事件の猶太人は、ついに犯人ではありませんでした」
その時、鎮子の全身が崩れはじめたように戦きだした。そしてしばらく切れぎれに音高い呼吸を立てていたが、「ああ怖ろしい方……」とからくも幽かな叫び声をたてた。が、続いてこの不思議な老婦人は、たまりかねたように犯人の範囲を明示したのであった。「もう、この事件は終ったも同様です。つまり、その負数の円のことですわ。動機をしっくりと包んでいるその五芒星円には、いかなるメフィストといえども潜り込む空隙はございません。ですから、いま申し上げた荒野の意味がお判りになれば、これ以上何も申し上げることはないのでございます」