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こくしかんさつじんじけん

黒死館殺人事件

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页

青空文庫

しかしその方は、やや靴の形状に比較して小刻みだと云うのみで、歩線も至って整然としている。そして、疑問と云うのは、かえって靴型の方にあったのだ。つまり、爪先と踵と両端がグッと窪んでいて、しかも、内側に偏曲した内翻の形を示している。またさらに、それが中央へ行くに従い、浅くなっているのだ。勿論、乾板の破片を挾んでいるのだから、その二条の靴跡が何を目的としたか――それはすでに、明らかだと云って差支えないだろう。しかも、それが時間的にも、あの夜雨が降り止んだ、十一時半以後であることが証明されているし、また、一個所套靴の方が園芸靴を踏んでいて、二人がその場所に辿りついた前後も、明らかにされているのだ。ところが、仮令これだけの疑題を提供されても、その結論に至って、僕等は些かもまごつくところはないのだよ。実際家の熊城君なんぞは既に気がついているだろうが、その二つの足型を採証的に解釈してみると、大男のレヴェズが履く套靴の方には、さらにより以上魁偉な巨人が想像され、また、侏儒の園芸靴を履いた主は、むしろ易介以下の、リリパット人か豆左衛門でなければならないからだ。云うまでもなく、そういう人体形成の理法を無視しているようなものが、まさかこの人間世界に、あり得ようとは思われないだろう。