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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
これだけ申せば、私がこの黙示図に莫迦らしい執着を持っている理由がお判りでございましょう。勿論その人影というのは、吾々六人のうちにはないのです。と云って、傭人は犯人の圏内にはございません。ですから、この事件に何一つ残されていないと云うのも、しごく道理なんでございますわ」
鎮子の陳述は再び凄風を招き寄せた。法水はしばらく莨の赤い尖端を瞶めていたが、やがて意地悪げな微笑を泛べて、
「なるほど、しかし、ニコル教授のような間違いだらけな先生でも、これだけは巧いことを云いましたな。結核患者の血液の中には、脳に譫妄を起すものを含めり――って」
「ああ、いつまでも貴方は……」といったん鎮子は呆れて叫んだが、すぐに毅然となって、「それでは、これを……。この紙片が硝子の上に落ちていたとしましたなら、易介の言には形がございましょう」と云って、懐中から取り出したものがあった。それは、雨水と泥で汚れた用箋の切端だったが、それには黒インクで、次のような独逸文が認められてあった。
Undinus sich winden
「これじゃとうてい筆蹟を窺えようもない。まるで蟹みたいなゴソニック文字だ」