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おならさま

お奈良さま

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」1954(昭和29)年7月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,159 字 · 20 页

青空文庫

この必要以上の坊主の入費は彼自身がもたなければならない。また、告別式とちがってお通夜の読経は多人数で乗りこむわけにいかないし、楽器も木魚ぐらいしか用いられず、ナマのホトケも泣きの涙の人々も彼に寄り添うように接近しているのだから、防音の手段は望みがたい。したがって、よほど好意的な檀家以外は代理でお通夜しなければならないから、この場合にはミイリがへる。モノイリがかさんでミイリがへるのだから心境円熟にいたるまでには長の悲しい年月があったわけだ。

春山唐七家の老母は甚だ彼に好意的であった。この隠居の亡くなった主人の命日の日、読経がすんで食事をいただいたあとで、隠居の病室へよばれた。隠居は七年ごし中風でねていたのである。彼が隠居の枕元へ坐ると、

「…………」

隠居が何か云った。この隠居は顔も半分ひきつッていて、その言葉がよく聞きとれない。彼が耳を顔へ近づけてきき直すと、

「私ももう長いことはございませんのでね。近々お奈良さまにお経もオナラもあげていただくようになりますよ」

隠居はこう云ったのである。枕元の一方に坐していた春山唐七にはそれを聞きわけることができたが、彼は隠居の言葉には馴れていなかったから、またしても聞きのがしてしまった。