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おならさま
お奈良さま
「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」1954(昭和29)年7月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,159 字 · 20 页
それで、
「ハイ。御隠居さま。まことにすみません。もう一度きかせて下さい」
と云った。そこで隠居は大きな声でハッキリ云うための用意として胸に手を合わせて肩で息をして力をノドにこめようとした時に、お奈良さまはその方面に全力集中して聞き耳たてたばかりに例の戸締りが完全に開放されたらしく、実に実に大きなオナラをたれた。よほど戸締りが開放されきったらしく、風足は延びに延びて港の霧笛のように長く鳴った。
すると隠居は胸に合わせた手をモジャ/\とすりうごかして胸をこするようにした。そして口をむすんでポッカリ目玉をあいたが、その次には目玉を閉じて口の方をあいたのである。それが最期であった。隠居は息をひきとったのである。
「御隠居さま。御隠居さま。もし、御隠居さま」
連呼して隠居の返事をうながしていたお奈良さまは、ようやく異常に気がついた。脈をとってみると、ない。
「ヤ……」
彼は蒼ざめて思わず膝をたてたが、やがて腰を落して、顔色を失って沈みこんだ。声もでなかった。その一瞬に、彼は思ったのだ。自分が隠居を殺した、と。すくなくとも自分のオナラが隠居の死期を早めたと感じたのである。