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おならさま

お奈良さま

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」1954(昭和29)年7月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,159 字 · 20 页

青空文庫

ところが彼と向いあって、彼に代ってジイッと隠居の脈をしらべていた唐七は、その死を確認して静かに手を放し、手を合わせてホトケに一礼し、さて彼に向って、

「ヤ、ありがたいオナラによって隠居は大往生をとげました。大往生、大成仏。このように美しい臨終は見たことも聞いたこともない。これもみんなお奈良さまのオナラのおかげだ。ありがとうございました」

とマゴコロを顔にあらわしてニコニコと礼を云ったのである。

こういうわけでお奈良さまは意外にも面目をほどこし、お通夜や葬儀の席では口から口へその徳が語り伝えられて一発ごとにオナラが人々に歎賞されるような思いがけなく晴れがましい数日をすごすことができた。

ところが唐七の妻女ソメ子だけが甚しく不キゲンであった。彼女はPTAの副会長もしているし、お金にこまる身分ではないが茶道の教室をひらいて近所の娘たちに教えており、大そう礼儀をやかましく云う人である。かねて唐七が粗野なところがあるために見かねるような気持があったところへ、このたびオナラ成仏の功徳をたたえてみだりにハシャギすぎたフゼイがあるので堪りかねてしまった。隠居の葬式を境にして夫婦不仲になり、はげしい論戦が交されるにいたり、娘たちもソメ子について、唐七の旗色はわるかった。