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おみつかんざし

お美津簪

山本 周五郎

「キング増刊号」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,158 字 · 26 页

青空文庫

正吉は夢中で逃げた。然し笛の音は左から右から、前と後と相呼応しつつ、袋を絞上げるように迫って来る、余程の厳しい手配らしい。――正吉は本所御蔵の堀へ抜け、小泉町の方へ引返して両国へ出ようとした、然し表通りへ出る前に、行手を御用提灯で遮られた。

――駄目か。

咄嗟に戻ってくると、其方からも七八人の人影、絶体絶命である。

――畜生!

呻くと、咄嗟に右手の黒板塀へとび付いてさっと中へ乗り越えた。――強かに腰を打って、そのまま竦んでいると、塀の外をばらばらと人の走り去る足音が遠のいて行った。正吉は凍てついた土の上に、暫くは身動きも出来ず息を喘がせていた。

――助かった。

呼子の音が聞えなくなった時、正吉は生き返ったように呟いた。

「今夜の様子はちっと妙だ、おいら仲間を狙うにしちゃあ厳重過ぎる、――きっと他に大きな捕物があったに違えねえ。その巻添えを食ったんだ……あの様子じゃあお紋のやつも、橋場も辰も、恐らくお繩になっただろう、――みんな年貢の納め時なんだ」

正吉は静かに身を起した。

「だがおらあ逃げる、石に噛りついたって逃げてみせる、そして長崎へ……」

と呟いた時、ふいっと或る考えが頭に浮かんだ。