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おみつかんざし

お美津簪

山本 周五郎

「キング増刊号」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,158 字 · 26 页

青空文庫

一

一

「音をさせちゃ駄目、そおっと来るのよ」

「――大丈夫です」

「そら! 駄目じゃないの」

正吉の重みで梯子段が軋むと、お美津は悪戯らしく上眼で睨んだ。――十六の乙女の眸子は、そのとき妖しい光を帯びていた。

土蔵の二階は暗かった、番札を貼った長持や唐櫃や、小道具を入れる用箪笥などが、南の片明りを受けて並んでいる。お美津は北側の隅へ正吉を伴れて行って、溜塗の大葛籠の蔭を覗きこんだ。

「ああまだいるわ」

「いったい何なんですか」

「御覧なさい。あれ」

指さされた所を覗いて見ると、葛籠の蔭のところにひと塊りの繿縷切れがつくねられてあり、その真中の窪みに、小さな薄紅い動物の仔が四五匹、ひくひくと蠢いていた。

「――鼠の仔ですね」

「そうよ、可愛いでしょ」

「気味が悪いな」

「嘘よ可愛いわ。ほうら――こっちの端にいるひとりだけ眼が明いてるでしょ」

「見えない」

「もっとこっちへ寄って御覧なさい」

お美津は正吉の腕を執って引き寄せた、二人の体がぴったりと触れ合った。――土蔵の中は塵の落ちる音も聞こえそうに静かだった、梅雨明けの湿った空気は、物の古りてゆく甘酸い匂いに染みている。正吉は腕を伝わって感じるお美津の温みに、痺れるような胸のときめきを覚えながら、こくりと唾をのんだ。