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おみつかんざし
お美津簪
山本 周五郎
「キング増刊号」大日本雄辯會講談社、1937(昭和12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,158 字 · 26 页
八
「だ、誰か来て呉れ、むーッ」
無気味に喚きながら、仲間の上へ折重って倒れる。――正吉も脾腹の傷に耐えかねて、思わずよろよろとなったが、
「助けて、助けて下さいまし」
と云う娘の声に、はっと気を取直して走り寄ると、手早く娘の縛めを切り放した。――とそのとたんに娘が、
「あ、おまえは正さん」
と仰反るように驚いて叫んだ。
「え――※(感嘆符疑問符、1-8-78)」
恟として眼を瞠る正吉、
「あたしを忘れたの正さん」
「――あッ」
「お美津よ。逢いたかった」
叫ぶように云って、狂おしく縋りつく娘の顔、正吉は息も止るかと愕いた。なんという不思議な運命であろう、それは紛れもない筑紫屋の娘お美津であった。
「――逢いたかった、逢いたかった」
「お美津さま!」
正吉も我を忘れて抱緊めた。
八
歓びと哀みと、悔恨と謝罪との入混った愛着の情が、まるで烈火のように正吉の身内を痺れさせた、――然しそうしている場合ではない。
「ここは危い、早く表へ!」
と云って、お美津を抱き起した正吉は、傷手を堪えながら裏口から外へ出た。
凩の吹く闇の街を五六丁、足に任せて走った。――お美津はその夜、越後屋からの帰りを襲われ、付添いの下男を蹴倒されたうえ、あの地獄へ掠われて行ったのだと云う。