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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
一度か二度収容所を訪れた人はさらにその感を深くして安心をする。
収容所へ行ってみると、孤児たちはまことに朗らかにやっている。明るい窓、掃除のゆきとどいた廊下、整頓された室内、たくさんの寄贈品――本・おもちゃ・額・花瓶など。きちんとした服装、血色のいい顔、要領のいい応答。どこかでオルガンに合わせてかわいい合唱。また工作をしているらしい金づちの音。炊事場には、ララのかん詰が並び、肉スープのたぎるいい香りがこもっている。野球が終わって、浴場でシャワーをかぶる子供たちの高いはしゃぎ声。……子供は歌う。子供は笑う。まったく幸福そうだ。――
しかし、ながく孤児を観察しているうちに気のつく一つのことがある。それは――孤児は大っぴらに泣かぬ。孤児は泣かない。めったに泣かない。泣くときは物かげで、めそめそと泣く。しおしおと泣く。声を殺して、しゃくり泣く。せつなげに、くるしげに、くやしげに、胸をしぼるがごとく、あたりに気がねしいしい、遠く届かぬ人に訴えて泣く。
あの子に家のあったころ、母が身近にいたころ、あんな泣き方をしたであろうか? ――いいえ。むかし幸福であったころは、人目になるべくつく所で、だれにはばかる気もなく、全力をあげて一途に泣いたものだ。