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さるすべり
さるすべり
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,095 字 · 24 页
「手まわり五十騎をわたくし自身に選ばさせて頂きとうございます、そのほかに望みはございません」ゆるしを得て巽曲輪へもどったかれは、家士のうち半沢市十郎、多紀勘兵衛、比野五郎兵衛の三人をよびだし、隊士のなかで強情者と名のある二男三男の者を選みだせと命じた。かれらはすぐ十二人選んできた、治部介はさらにその十二人にむかって云った、「おまえたちがどうでも死地に就かなければならぬとき、これならいっしょに連れてゆけるという者を三人ずつ選んで来い」十二人の者は命ぜられたとおりおのおの三人ずつ連れてもどって来た。これに浜田の家士のうち三名を加えた五十一人が残る人数である、治部介は本軍がここから撤退すること、そのあとをうけてこれだけで城をまもる任務を告げ、人名を書きあげさせてふたたび本丸櫓へあがった。
その日(八月十一日)のうちに伊達軍は白石城をたちのいた。岩手沢まで後退したともいい、北目城にいたともいう、とにかく北目に片倉景綱がかなりの軍勢を持ってとどまったことは事実で、白石城とのあいだに約十七里、敵反攻の知らせのありしだい援軍を出すかまえをとっていた。……城には鉄砲百挺、弾丸、弓箭など余るほど残された、兵糧もたっぷりあった、まず五六十日の籠城には充分である、治部介は本軍の退去を送りだすと、みんなを本丸櫓の一重に集め、「