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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

という声がし、綱のゆとりはあるかと訊いて来た。足軽たちにしらべさせて、松木が「二丈とちょっとだ」と答え、それを岡村が隼人に伝えた。

「よし」と隼人が云った、「少ししらべるから、綱を木へ結んでおけ」

隼人はなにをしているのか、かなり長いあいだ声もせず、物音も聞えなかった。松木と小野がこっちへ寄って来、大丈夫かな、と心配そうに呟いた。岡村七郎兵衛はむっとした顔つきで、粉雪の舞い狂っている谷の向うを眺めていた。やがて「あげろ」という声が聞え、岡村たちも綱に付いて、静かに引き揚げた。あがって来た隼人は、頭や躯を払いながら、大丈夫やれる、明日来てやろう、と云った。支柱の木はここの林の杉を使い、渡す板は木戸から持って来ればいい。来年の春になったら本式にやり直すとして、とにかく仮のものを造っておこう、そう云って、小野大九郎から両刀を受取り林の中へはいっていった。

崖に穿ってある支柱の穴に合わせて来たのだろう、ふところから出した紐には結び目があり、目測で選んだ杉の幹を、その紐で巻いて計っていった。

「しまったな」と隼人は計りながら独り言を云った、「鋸と斧を持って来るんだったな、そうすればここで支柱が作れたんだ」