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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
岡村が云った、「そうなにからなにまで、独りで思いつくものじゃありませんよ」
「気にするな」と隼人が云った、「ただの独り言だ」
岡村七郎兵衛は肩をゆりあげた。
隼人は選んだ七本の杉に、脇差の刃で印を付け、綱を二本杉の根元に置かせると、あたりを眺めまわしてから「帰ろう」と云った。木戸へ戻ったのは午後二時まえだったが、木戸のずっと手前で、その方向に煙のあがっているのが見えた。風はかなり弱くなっていて、青みを帯びた鼠色のその煙は、木戸のあたりから左へとなびいていた。
「あの煙はなんだ」と小野がまず云った、「まさか火事じゃないだろうね」
「まさかこの昼なかに」と松木が云った、「まさかね」
ほかの者は黙ってい、石岡源内が組下の者にいってみろと命じた。若い足軽の一人が駆け登ってゆき、みんなも足を早めた。
――あれだけの煙は火事でなければ出ないだろう。
火事だとすれば水と人手が足りない。水は木戸から五丁も下の、僅かな湧き水を運びあげて使う。大樽に五つは常備してあるが、火事が大きくなればまにあわない。おまけに足軽八人と番士三人を伴れ出したから、あとは小者まで加えても九人しかいない。