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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
摺師の松やんは三十そこそこで、痩せがたの美男であり、もう妻と三人の子持ちだということであった。彼は腰が低く、無口で、人と話すようなことは殆んどない。京橋二丁目にある耕文堂で、子飼いから摺師を仕込まれたが、いまの女房といっしょになるとき、耕文堂の主人夫妻となにかもめごとがあり、江戸では表向き、一流の職にはつけないような処分を受けたのだそうであった。
記事屋は三人、木谷桜所、木内桜谷、木原桜水という。桜所は品のいい五十男、桜水は背丈が低く肥えていて、としは二十五六だろう、いつもにこにことあいそがよく、主婦のおそでもこの男だけには、あまったるいような声で話しかけるようであった。
「あの女狐は平公とできてるんだ」と木内が房二郎に耳うちをした、「木原桜水なんて名のってるが、本当は大工の伜で平次っていうのさ、ときどき女狐のごきげんをとって、うまく小遣いをせしめているらしい」
「いくらなんだってあんな女に、へえー」と房二郎は云った、「それが本当ならとんだへちまの木だぜ」
そして主人の西川文華は三十四五歳、背丈は五尺そこそこだし、痩せていておちつきがなく、鼻の下にちょび髭を立てていた。