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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

「卵粥が出来ててよ」

房二郎はけげんそうな眼をした、「へえー、どうして」

「酔ったあとにはあれがお好きなんでしょ」

「そんなことを云ったかな」

「仰しゃらなくったってわかるわよ」と云っておるいは立った、「さあお起きなさい、半插へお湯を取っておくわ」

文華堂の前で、売り子の段平と会った。瓦版をひと重ね左の手に、古扇子を右手に持っていた。饅頭形の編笠をかぶり、尻端折りをした布子の下に、ほっそりした紺の股引をはいた脚が、いかにもいなせなように見えた。

「ゆうべは世話になったな」と房二郎が云った、「だいぶ散財させたんじゃないのか」

「なあに、顔馴染の店ばかりでね」と段平は苦笑いをした、「銭なんか使やしねえ、あるとき払いときまってるんだ」

房二郎は財布の中から幾らか出し、足りないだろうが割前に取っておいてくれ、と云って段平に渡した。そして段平が断わろうとするのを遮って、ゆうべはどこで別れたかときいた。

「お宅の前でさ、あんまり酔ってたから送ってったんでさ」と段平が云った、「なにかあったんですか」

「厄介をかけて済まなかった」と彼は云った。

記事部屋へあがると、木内桜谷が向う鉢巻をし、机に向かって、例のとおり酒を飲み飲み、いさましく筆をはしらせていた。