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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
てやった」
「おれにも覚えがあるぜ」
「ところが、――その男の家は亀戸辺にあるらしいが、子供は蒲団を背負ったまま、神田の多町までいっちまったっていうんだ」
「子供のこったからな」と木内は書き続けながら云った、「好きなところへいくさ」
そのあと、町内が迷子捜しで大騒ぎになったそうだ、と云おうとして、房二郎は急に口をつぐんだ。おまえはどうだ、という声が聞えたのである。芝の屋敷をとびだして、こんな卑しい、三文にもならない仕事をしている、おまえ自身は迷子じゃあないのか。
――人間はみんな迷子だ。
木内桜谷は芝居の座付き作者になろうとしたが、いまは瓦版の拵え記事などを書いて、かつかつに食っている。世間を欺き人を騙すような仕事をしながら、女房にがみがみ云われどおしで、首をちぢめているちょび髭も、源さん、常さん、松やん、そして飲み屋で会った名も知らず、顔もよく覚えていない男たちまで、考えてみるとみんな迷子みたような感じだった。
――よくつきつめてみると、人間ってものはみんな、自分のゆく道を捜して、一生迷いあるく迷子なんじゃないだろうか。
房二郎はますます心が重くなり、迷子のままで一生を終ったような、親族のたれかれを思いだして、深く長い溜息をついた。