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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
喰べたくないときにやる弁当の礼で、このあいだは鯖の味噌煮と煎り豆腐と、菜の胡麻よごしだったけれど、あんなにうまい物を喰べたのは生れて初めてで、喰べながら涙が出てしようがなかった。ということを、吃る者に特有のこまかい表現で語った。
「わかったわかった」と房二郎は遮って云った、「今日のもよければ喰べていいよ、おれは欲しくないからな」
そして礼を云われるのを避けるように、二階の記事部屋へあがっていった。時刻が早いのか、それとも雪のためか、まだ刷り部屋のほうにも人はいなかった。そして彼が自分の机に坐ろうとしたとき、裏の座敷で物を投げる音がし、主婦のおそでのきーっという叫び声が聞えた。
「寄合いだなんて誰が信用するもんか」とおそでが叫んだ、「しとが知らないと思って、ばかにするのもいいかげんにしろ、さあ、ゆうべはどこへ泊って来た、どこのすべたあまと寝て来たんだ、云ってみろ」
「済まなんだ、泊って来たりしてほんまに済まん」と文華の云うのが聞えた、「けど、寄合いは同業のつきあいだし、そのあとだかて、わて独りつきあいから抜けるちゅうわけにはいかんがな、もう帰ろ帰ろと思いながら、つい」