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めおとちょう

めおと蝶

山本 周五郎

「講談倶楽部 春の臨時増刊号」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,977 字 · 47 页

青空文庫

実家の兄は納戸奉行をしているので、兄にきいたらわかるかもしれない、そう思って、

「妹の縁談のことで住川へいってまいりたいのですが」

こう云ってみたが、良人はこっちへは眼も向けず、いつもの冷やかな声で拒絶した。

「いま御用が多忙だ、留守にされては困る」

文代が石仏のようなと云った、感情の少しもあらわれない、とりつく島のない態度である。信乃はひきさがるよりしかたがなかった。――そうだ、なまじ知らないほうがいいかもしれない、理由がわかったところで自分にはどうすることもできない、……それに、今の自分とは関係のない人だ。

自分でこう自分をなだめ、なるべくその事を忘れようと努めた。しかし事実は反対で、気持はおちつくときがなく、頭のなかではいろいろな想いが、渦紋のように絶えず消えたり現われたりした。その中心にあるのはいつも知也であり、ついでなにかを指摘するかのように妹の囁きが聞えた。

――お可哀そうなお姉さま。

妹のその囁きは信乃をぞっとさせる。それは罪の自覚を促すように思える。知っていたのだろうか、知也と自分とのことを。そんな筈はない、妹に気づかれたような記憶はないし、あの僅かな、一陣の風の吹き去ったような出来事は、決してはたの者にわかるようなものではなかった。