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やぶからし
やぶからし
山本 周五郎
「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页
「おれはな」とあの方はもっと声をひそめた、「江戸で人をあやめたんだ、それでこっちへぬけて来たんだが、こっちでも間違いができちまった、ここで二十両の都合がつかねえと野詰めになる、そうすれば、細貝の名も出ずにはいねえ、――おれだって死ぬか生きるかというどたん場になれば、やっぱり死にたかあねえからな、そうなれば細貝の名を出すほかに助かるみちはねえんだから、わかるだろう、すず」
わたくしは肌へ氷を当てられたようにぞっとした。すずと呼ばれたからでもあるが、「家名を出す」ということの恐ろしさと、それが単純な威しではないということを直感したからである。わたくしは仕合せであった。
細貝家は平安で明るく、幸福そのものといってもよい。あの方はそれを知っている、そんなにもおちぶれ、人を殺傷し、ここでも窮地に追い込まれているようだ。
――いざとなれば、どんなことでもするだろう。
たとえ除籍してあっても、細貝家の一人息子だったことに変りはない。いまどんな騒ぎに巻きこまれているか知らないが、そのほかに助かる方法がないとすれば、この人はきっと、細貝八郎兵衛の子だ、と名のるにちがいない。