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やぶからし

やぶからし

山本 周五郎

「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页

青空文庫

そのほかに望みはない、ただ常盤家のすずどのを貰ってくれさえすれば、と云い続けるばかりだそうです。あの方がどこでわたくしをごらんになり、どうしてそんなに懇望なさるのかわからなかった。けれども、養家の父母が承知したし、わたくしも「いや」と云う気はなかった。細貝家は七百石の中老ながら、御家中では由緒ある家柄だという。正直なところそれにも心を惹かれたが、なにより薙町の家を出たかった。たとえ身分は軽くともよい、もう少しあたたかな、人間らしいくらしのできる家へゆきたい。わたくしはそう思って承知したのであった。

自分の不仕合せを訴えるあの方の声は、不仕合せを歌にしてたのしんでいるように聞えた。それは悔悟ではなく、悔悟を売りつけているようにしか感じられなかった。そうして、あのことが起こったのだ。

あるだけの酒を飲み終ると、あの方が夜具の中へはいって来た。枕が二つ並んでいるのだから、共寝をすることはわかっていた筈なのに、わたくしにはそれが不作法な、卑しいことのように思われ、夜具の中ですばやく躯をずらせた。それからあとのことは考えたくない。やがてわたくしはとび起きた。