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イデオロギーのろんりがく

イデオロギーの論理学

戸坂 潤

「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页

青空文庫

三

三

此処まで用意して来て初めて吾々の最初の課題が解かれる。問題選択に於ける歴史的必然性乃至遊離性が、理論内容に於ける論理的真理性乃至虚偽性として、反映し得るか、又如何に反映するか、という課題の解答を。

歴史的運動が就中政治的であったから、問題の選択は政治的であると云い直そう。さて問題の変化は政治的であり、理論の変化は論理的である、之は吾々が初めから認めてかかった処である。そこでこの二つの変化は夫々独立の動力に基いた独立の変化であるように見える。問題の選択は政治的であって、それ故、論理的ではあり得ないように見える。例えば人々は云うであろう。理論は一定の問題を予想して之から出発して論理的に組織立てられるに違いはない、一旦一定の問題を許せば後の事柄は論理が独りで決定出来るであろう、併し如何なる問題を選ぶかはもはや論理の与り知ったことではあり得ない、それは要するに人格とか体験とか――いやな言葉であるが政治と云っても好い――が決定するのである、と。問題の選択はかくて政治という超論理的な論理外の勢力に帰せられることになるであろう。――処が恰も論理形態が政治的に決定されることこそ吾々の得た結論ではなかったか。