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イデオロギーのろんりがく
イデオロギーの論理学
戸坂 潤
「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页
重心は今やであるから、哲学の双肩にかかって来るわけである。処がおよそ哲学自身は超歴史的であることが出来たか。凡ての哲学は、世界観を産まないまでも世界観からのみ発生する、そして世界観のもち得る論理内容が歴史的に制約されていることは人々の知る通りである。故に物理学を終局に於て哲学的基礎の上で安定しようとすることは、物理学がたとい間接にせよ絶対に階級性――第三の――を持ち得ないという保証を破棄することを意味する。実際、物理学の根本的諸概念はすでに一定の解釈に立脚する。実験の結果があってもただ一定の解釈の下にのみ一定の意味を受取る。そして解釈は常に歴史的に制約されているのが事実である。従ってそれが他の解釈によって否定・止揚され得ないということはない。一つの概念に対してもし解釈が異れば、それはもはや同一の物理学的概念ではなく、従ってかかる物理学的諸概念によって解明される筈の物理学は、論理的に矛盾する二つの異った解答を、同一問題に就いて提出し得ることとなるであろう。例えば運動の相対性の公準は、必ずしも日常の経験から得た法則ではない、何となれば日常の経験によれば、凡ての運動が必ずしも相対的には見えないから。