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イデオロギーのろんりがく

イデオロギーの論理学

戸坂 潤

「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页

青空文庫

を見よ。

科学の大衆性という問題は、大衆が現代に於て持つ歴史的使命を条件とする時、初めて必然的な問題となる。そうでないならば、この問題は、哲学の空想的な一例題、としての価値しか有たなかったかも知れない。

人々は大衆乃至大衆性――文芸其の他の――を口にすることを好む。併しこの概念自身が可なり曖昧であるようである。そして多くの場合そうあるように、曖昧な概念が一つの合言葉として通用している内、夫は至極安価な戯画的な使い道を見出す。曾ては文化の概念に就いて、文化生活・文化住宅の類がそうであった。同様にして今や、大衆文芸・大衆作家の類を産むに至ったのを吾々は見る。大衆とは何等か、甘やかされた俗衆か、思い上った愚衆ででもあるかのように見える。恐らく人々はかかる大衆に対しては、多少とも調子を下げて応対しなければならないようである。

処がそれならば何故、このように調子を下げて応対せられるにしか値しない大衆が、現にそれ程問題とならねばならないのか。もし大衆が、無価値なものでしかないならば、それを問題とするに値しないだろうからして、問題となるからには之は積極的な価値を有つ筈であろう。