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イデオロギーのろんりがく

イデオロギーの論理学

戸坂 潤

「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页

青空文庫

所謂教育――それは現在科学と何等関係がないのにも拘らず常にそれと混同されている――とは如何に異った範疇に之がぞくするかを見よ。

ここまで来ると人々は、科学の大衆化なるものが科学の政治的性格に帰着することを、もはや見逃さないであろうと思う。処が科学の政治性こそ科学の優越なる実践性なのである。それ故、科学の大衆性とは科学――理論――の実践性に帰着する処のものの謂であった。

科学の大衆化が科学の政治的規定であるから、正にそれであるからこそ又、夫は科学の論理的規定でなくてはならぬ。蓋し日常科学――吾々は今之を頭に置く約束であった――に於ける論理・日常性の論理は、それ自身政治的性格を有つと考えられるからである。例えば弁証法的論理――之は日常的論理である――の特色は、それが自己独立的な論理としては存在を包み切ることが出来ず、従って存在を支配し切れない、処にあり、そこでは却って存在が論理の構造――真偽関係――を決定しなければならないのである。処がこの存在が歴史社会的・即ち又政治的・存在である限り、論理はその構造自身の内に、存在の政治的条件を反映せざるを得ないであろう*。