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イデオロギーのろんりがく
イデオロギーの論理学
戸坂 潤
「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页
之は吾々の今までの分析から必然である。もしそれにも拘らず人々がそのような意識を知らず知らずにせよ持つならば、そこに支配しているものは理論ではない。何となれば理論ならば問題であるべく、問題であるなら相対的問題しかない筈であったから。そうではなくしてそこに支配するものは理論以外のもの――倫理(宗教的又は道徳的・甚だしきに至っては審美的)――の外ではあるまい。そして理論の最大の任務は常に恰も、倫理への批判であるであろう。問題を絶対化するもの――一般に立場がそれであった――は、往々にして倫理的分子である場合を注意すべきである。絶対的問題と倫理的予言とは往々相携える。実際、形而上学的体系――それは立場に基いた――の内容は、諸価値の自然的秩序を云い表わすことが屡々であるであろう。かくしてのみ当然に、或る問題は Inferno に、そして他の問題は Paradiso に、住むことが出来る。
人々は云うであろう、それではどのような問題を選ぼうとも人々の勝手であるのか、そうすれば問題の無政府主義しかないではないか、そうすれば理論の妥当性はどこにあるのか、と。併し問題の選択は少くとも問題を選択することであって、問題を勝手に採用することではないであろう。