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マルクスしゅぎとゆいぶつろん
マルクス主義と唯物論
三木 清
「思想」1927(昭和2)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,739 字 · 43 页
であったところの意識を意識一般の概念のもとに「主観」として解釈し直した。それとともに主観はもはや存在の一つであることをやめて、むしろあらゆる存在を向うに廻してそれを統括するという普遍的意味を負うものとなった。最近においてフッサールの現象学は、――彼にとっても数学や形式論理学の認識の理念性のモデルである、――デカルトの物心二元論を排棄しつつ、しかも意識を、アウグスティヌスの場合ではその最も根本的なる規定は神と関係させられて恐怖や欲望として顕わにされたところの意識の存在を、デカルトの Cogito ergo sum の方向に徹底して解釈するとともに、このものにすべての存在がそれに還元されるという普遍的意味を担わせている。このようにして、もともと宗教的内面性とのつながりにおいて見出され、その意味においてその存在を規定された意識は、その後次第にその根源を離れて、純粋なる理論、それも主として形式論理学、数学、自然科学等の基礎づけをなすべき任務を負わされて、ついにその視点からのみ根本的には解釈され闡明されることになった**。この転釈(Umdeutung)の過程において意識は次第に普遍的意味を獲得した。