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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

額には粘り気のある汗が出ていた。それを拭き取ると、氷嚢をよくあてがってやった。

「苦しかなくって?」

「いいや。」

「それならいいけれど、なるべく静にしているようにって先生も仰言っていましたから。」

「うむ、これから余りお饒舌は止そう。それに……、ああ僕はどうしてこうなんだろう。何か云うと、屹度お前を悲しませることばかりしか口に出て来ないんだ。」

彼は眼を閉じた。眼窩が落ち凹んで、鼻と頬骨とが目立って聳えていた。鼻の下と顎とには、薄ら寒い髯が伸びかかっていた。

「足をさすって上げましょうか。」と信子は云った。

「いや、今別にだるくないから。」

信子は彼の顔を暫く見ていたが、それから、其処に在った雑誌を膝の上に取り上げた。いい加減の所を披いて、見るともなく行を辿っていると、四角な活字の面がちくちくと彼女の眼を刺戟した。その刺戟に馴れてくると、各々の行が静かな波動をなして浮き上ってきた。彼女はその波動に頭をうち任して、何にも考えまいとした。

「信子!」……その声に喫驚して彼女が顔を上げると、啓介がじっと彼女の方を見ていた。

「お前はね、」と啓介は云った、「僕がもし死んだらどうするつもり?」