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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

あの辺はまだ全くの田舎でしてね。」そして彼は、その頃の話を一人で饒舌り続けた。「啓介がどうしても私に負さるといってききません。私もやけになって、啓介を負ったままむちゃくちゃに馳け出すと、切角腹一杯つめ込んでおいた筍飯を、すっかり吐いてしまったことがありましたっけ。それから……。」

河村はふと不安な気分になって、話を止してしまった。皆が、ぽつりぽつりと置かれた将棋の駒のように黙って坐っていた。

四時頃に本田医学士が来た。木下が玄関に出迎えた。本田は玄関に並べられた下駄を見ながら云った。

「用事のために少し遅くなりましたが、皆来ていられるようですね。どうでした?」

「却って宜しかったようです。」と木下は答えた。

「そうでしょう。人の感情には程度があるもので、如何な場合にも身体に障るほど激動することは、まあないですね。」

彼はつかつかと病室にはいっていった。

午後一時半の看護婦の検査によると、熱三十八度六分、脈百十、呼吸二十六、であった。本田は暫く脈を診て考えていた。懐中電灯を取り出して足先を細かに検査した。診察を済すと、カンフルを右胸に注射した。それから、病人の顔を眺めながら、腕を拱いて長い間考えていた。