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びぜんめいきゅうでん
備前名弓伝
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,649 字 · 50 页
不意を喰って見物も驚いたが、狼もよほど吃驚したらしい、また来たかという眼付をしていたが急にぴっと耳を立てる、とっとっとっと、矢来の中を走りはじめた。
三之丞は外側をだくでうたせながら、じっと狼の眼をみつめている。狼は三之丞の方を時々するどく睨みながら、反対の端を走っているが、その全身の動きは頗る軽く、すっすっとまるで四足が地を踏んでいるとは思えないほどであるが……三之丞は眼も放さず狼をみつめながら、ほとんど同じ速度で矢来の外を廻ること二周、三周。なかなか弓を取ろうとしない。
――なにを考えているんだ。――狼と馬競べをする気かも知れん。――なあに、ああしているといまに狼が疲れて寝てしまうだろう、そこを射止めようというのが秘術で、つまりこれを青地流で眠り取り術と名付けるものさ。
見物席ではそろそろ悪評がはじまった。馬場を五周まで、狼の身ごなし、駈ける速度の変化を篤と見定めた三之丞は、やがてもう一度、
「え――い!」
絶叫したかと思うと、もろかくを入れてぱっと疾駆しはじめた。今までほとんど同じ速さで駈けっこをしていたのが、急に気合をかけて疾駆しはじめたので、狼もぱっと脚を速めた。