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しょや

初夜

山本 周五郎

「週刊朝日春季増刊号」朝日新聞社、1954(昭和29)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,384 字 · 35 页

青空文庫

上段のすぐ下に岡安益左衛門がいた。岡安は末席の家老であるが、もう六十歳を越しているし、温厚篤実というだけの人で、ただもう低頭しながら、おろおろと云い訳めいたことを云うばかりであった。老人のすぐ脇に井関藤也と落合庄次郎の姿が見えた。うしろ姿でよくわからないが、落合は頭の半分を晒し木綿で巻いている。たぶんそれが久良馬のあびせた一刀であろう。ほかに二十余人、小姓組の者と近習番、それに番頭格の者も五人ばかりいた。

「討手を出せ、余の申しつけだ」右京亮は拳で脇息を打ちながら叫んだ、「――弓、鉄砲を持って取詰めろ、手に余らば火をかけて焼き払え」

益左衛門は平伏し、染谷が戻るまでいま暫く、必ず御意のとおりに計らうから、とふるえ声で同じことを繰り返しなだめた。代二郎は人々のあいだを静かに膝行し、席次どおりの位置で頭をあげた。

「申上げます、中老脇屋代二郎、申上げます」

高い声ではないが、よくとおった。右京亮がこちらを見た。他の人たちも振向き、多くの者があっという眼をした。

「御上意のように討手を差向けましては騒擾がひろがり、お家の大変になりかねません」と代二郎は云った、「――刃傷の罪は除村久良馬ただ一人、彼に詰腹を切らせれば相済むことでございます、おそれながら一人のために大事を起こすようなことは思召し違いかと存じます」