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よねんかん

四年間

山本 周五郎

「新青年」博文館、1946(昭和21)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,135 字 · 36 页

青空文庫

「まだ研究所のほうよ」

「プレパラートを買って来ましたから、ちょっと置いて来ますわ」

昌子は手提鞄の中から紙包を取って、そのまま庭を横切っていった。

夕食がすむと、兄の省吾は頭が痛むといって早く寝た。昌子は自分の部屋へはいって、机の前へ坐ってみたが、心は重たく押えつけられるようだし、わけのわからない孤独感がわきあがって、じっとしていられない気持だった。……原因はよくわかっていた。きょうは昌子の待ちに待った日である。信三と上諏訪へ旅に出る約束だったが、それは彼女の将来を決定する意味をも含んでいた。今朝は兄も兄嫁も祝福しながら送ってくれたのであった。しかし信三は急にそれを中止した。帰還した友人のためにと云ったが、それが真実でないことはわかりきっていた。帰還した友人はあるかもしれないし、歓迎会というのも事実かもしれない、けれど旅行を中止したのはそのためではない、愛する者の直感で昌子にはそれがよくわかった。……愛する者の直感で、そう昌子は村野信三を愛していた。

昌子が兄夫婦といっしょにこの家へ移って来たのは、戦争のはじまった翌年の夏だった。兄の省吾はそのまえから茅ヶ崎の研究所へ通っていたが、信三が召集をうけて大陸へ去り、彼の父母が秋田県の郷里へ隠居してしまったので、留守のあいだ研究所の仕事を継続するため家族といっしょ