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じごくふうけい

地獄風景

江戸川 乱歩

「江戸川乱歩全集付録冊子 探偵趣味」平凡社、1931(昭和6)年5月10日~7月10日、9月10日~1932(昭和7)年1月8日、3月10日<br>メリー・ゴー・ラウンド以下「江戸川乱歩全集 第十一巻」平凡社、1932(昭和7)年4月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 53,774 字 · 108 页

青空文庫

「だが、たった一人、殺されなかった者があるのですよ」

ふと気がつくと、大虐殺者治良右衛門が、ニコニコ笑って立っていた。

警官達の憎悪が爆発した。彼等は十何匹の蝗になって、物をも云わず、大悪魔に飛びついて行った。

「オットどっこい」

治良右衛門は、危く身をかわして、そこに下っている軽気球の繩梯子に飛びついた。そして、素早く上へ駈上りながら、

「殺されなかったのはね、僕の女房の鮎子ですよ。木下鮎子ですよ。あいつだけはどうも殺す気がしなかったのですよ。ごらんなさい。僕の女房がご挨拶していますよ」

見上げると、軽気球のゴンドラから、美しい鮎子の顔が、五色のテープを投げながら、警官達に笑いかけていた。

「ウヌ、逃がすものかッ」

「畜生めッ」

「馬鹿ッ! ご用だッ」

警官達は、狂気の様に、繩梯子を這い上った。先頭には治良右衛門、少し離れて木島刑事、それから制服巡査の十幾人が、空へ一列の鈴なりだ。

治良右衛門は、もう足の下の追手達をからかいもせず、黙々として、空の梯子を駈昇って行った。猿の様に早かった。

やがて十数丈の繩梯子も尽き、ゴンドラの中から鮎子の白い手が、治良右衛門を引き上げた。