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なつめせんせいのついおく
夏目先生の追憶
和辻 哲郎
「新小説」1917(大正6)年1月臨時号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,272 字 · 21 页
念入りに重ねられた諧謔の衣の下からは、世間の利己主義の不正に対する火のような憤怒と、徳義的脊骨を持った人間に対するあふれるような同情とがのぞいている。しかしこの時にはなお問題が先生自身の内生に食い入ってはいなかった。その後の諸作は漸次問題が内に深まって行く経路を示している。そうして最後の『明暗』に至って憤怒はほとんど憐愍に近づき、同情はほとんど全人間に平等に行きわたろうとしている。顧みてこの十三年の開展を思うとき、先生もはるかな道を歩いて来たものだと思う。
その経路を概観してみると、『猫』の次に『野分』において正義の情熱の露骨な表現があった。『虞美人草』に至っては鮮やかな類型的描写によって、卑屈な利己主義や、征服欲の盛んな我欲や、正義の情熱や、厭世的なあきらめなどの心理を剔抉した。その後の諸作においては絶えずこの問題に触れてはいたが、それを著しく深めて描いたのは『心』である。この作においては利己主義はついに純然たる自己内生の問題として取り扱われている。私は利己主義の悪と醜さとをかくまで力強く鮮明に描いた作を他に知らない。また執拗な利己主義を窒息させなければやまない正義の重圧の気味悪い底力も、前者ほど突っ込んではないが(特に重大な所にギャップはあるが)、力を入れて描いてある。