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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
おまんも年は取って、切りさげた髪はもはや半ば白かったが、あの水戸浪士の同勢がおのおの手にして来た鋭い抜き身の鎗や抜刀をも恐れずにひとりで本陣の玄関のところへ応接に出たような、その気象はまだ失わずにある。そういうおまんの教養は、まったく彼女の母から来ている。母は、高遠の内藤大和守の藩中で、坂本流砲術の創始者として知られた坂本孫四郎の娘にあたる。ゆえあって母は初婚の夫の家を去り、その母と共に南殿村の稲葉の家に養われたのがおまんだ。婦人ながらに漢籍にも通じ、読み書きの道をお粂に教え、時には『古今集』の序を諳誦させたり、『源氏物語』を読ませたりして、筬を持つことや庖丁を持つことを教えるお民とは別の意味で孫娘を導いて来たのもまたおまんだ。年をとればとるほど、彼女は祖父孫四郎の武士気質をなつかしむような人である。
このおまんは継母として、もう長いこと義理ある半蔵をみまもって来た。半蔵があの中津川の景蔵や同じ町の香蔵などの学友と共に、若い時分から勤王家の運動に心を寄せていることを家中のだれよりも先に看破ったくらいのおまんだから、今さら半蔵がなすべきことをなして、そのために福島支庁からきびしい督責をこうむったと聞かされても、そんなことには驚かない。