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たじゅうとそのいぬ
太十と其犬
長塚 節
「ホトトギス」1910(明治43)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页
春らしい日の光が稀にはほっかり射すようになって麦がみずみずしい青さを催して来た頃犬は見違える程大きくなった。毛が赤いので赤と呼んだ。太十が出る時は赤は屹度附いて出る。附いて行くのではなくて二町も三町も先へ駈けて行く。岐路があると赤はけろりと立って太十の追いつくのを待って居る。太十が左へ向けば其時一散に左へ駈けて行く。太十は左へ行く時には態と右の方へ足を運ぶ。赤がばらばらと駈けて行くのを見て左の方へ歩いて行くと赤は暫く経って呼吸せわしく太十を求めて駈けて来る。こういう悪戯を二度も三度も繰り返して居る太十の姿を時として見ることがある。赤は煎餅が好きであった。赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の駄菓子店に見えた。焼けの透らぬ堅い煎餅は犬には一度に二枚を噛ることは出来ない。顎が草臥れて畢うのである。唯欲し相にして然かも鼻をひくひくと動かす犬を見て太十は独で笑うのである。赤は恐ろしい人なつこい犬である。後足で立って前足を胸に屈めていつまででも立つことが出来た。そうして何か欲しいといっては長い舌を出してぺろりぺろりと自分の鼻を甞めた。太十が庭へおりると唯悦んで飛びついた。