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おんなはおなじものがたり

女は同じ物語

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1955(昭和30)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,279 字 · 44 页

青空文庫

紀伊は肩をちぢめ、袂で顔を掩った。

「そうか、――」と彼はふるえ声で云った、「それは知らなかった」

紀伊は掩った袂の下から「でも望みはないんです」と云った。その方とは身分も違うし、その方には許婚者がいるんです、わたくしはただ一生お側にいるだけで本望なんです、と云った。――袂に掩われた含み声で、はっきりしなかったが、広一郎はちょっと息を止めた。

「だって紀伊は、いま、――」

「はい」と彼女は云った。

「すると、おまえは」

「はい」と彼女は云った、「わたくし、若旦那さまとお別れするのが、辛くって、……」

そして彼女はまた泣きだした。

広一郎はとつぜん、彼女を抱き緊めたいという衝動にかられた。むろん不純な意味ではない、泣いている紀伊の姿があまりにいじらしく、消えいりそうなほど可憐にみえたからである。だが、彼は衝動をこらえ、ぐっとおちつきながら、頷いた。

「わかった」と彼は云った、「もう泣くことはない、私がいいようにしてあげよう」

「お側にいられるようにですの」

広一郎は「うん」と云った。

「若旦那さま」と紀伊が云った、「――うれしゅうございます」

こんどは彼女が、広一郎にすがりつきたいような身ぶりをした。